前回からずいぶん、空いてしまいました。
本当は、1月にブログをアップしようと思っていたのですが、
能登半島地震や日本航空 機体炎上など、お正月早々に
大きな災害や事故が続き「お正月」という雰囲気ではなくなってしまいました。
また、私自身、なかなか言葉では表せないいろいろな思いがありました。
そんなときにブログを書くと、まったく自分の気持ちとは違うことが伝わってしまいそうで
しばらくお休みをしておりました。
今回の災害や事故に限らず、通常の業務でもこういった経験はよくあります。
意を決して相談した相手から「大丈夫だよ」とか「気にしすぎだよ」と言われ
あまりの軽い対応にすこし、がっかりしてしまうなんてこともありました。
自分がそんな風に思った経験から、相手から相談された際に「大丈夫」と励ましてあげられず、「う~む」と悩んでしまって、逆に「そんなに悩まなくても。もう大丈夫ですから…」と言われてしまったこともありました。
もちろん、相談された場合にアドバイスは不要。とにかく、受容的・共感的な姿勢で傾聴することが必要。
それは、十分わかっています。
自分が傾聴することで、少しでも悩んでいる人の気持ちを楽にしてあげられたら…と思うんですが。
これが、なかなか実際は難しいものですよね。
こんなことがありました。
わたしの友人Aさんが、仕事の悩みを話していました。その話を聴いていた友人Bさんは「大変だったね」と言ったんですが、どうもその後、白けた雰囲気になり、Aさんはそれ以上話すのをやめてしまいました。
別日に、Aさんと会った際、「あの白々しい大変だったねってあいづちに話す気が失せた」と言うのです。わたしは、特に白々しいとは思わなかったのですが、話し手としては白々しいあいづちだと感じたのですね。難しい…
カウンセラーの友人と聴くことの難しさを話していた際、この事例について、どう思うかをたずねてみました。
すると「多分、Bさんは大変だったとは思ってなかったんだろうね…それがAさんに伝わっちゃったから白々しいって感じたんじゃない?」と言うのです。なるほど。確かに。まあ、私自身もAさんの話していた内容には、あまり同意できず。大変だとも思わなかったので、Bさんもそうだったかも。
そこで、そのカウンセラーの友人と、相手の悩みや愚痴に同意できない場合、どうするのが良いか。を話し合ってみました。その結果、思っていないことは言わない方がよい。たとえば、今回のように大変だったねなど。
もちろん、「それは違う」などと言って、説教を始めるのは論外。
わたしたち二人の意見としては、質問するのが良いのでは?ということになりました。
「あなたはどうしたいの?」とか。「怒ってるの?悔しいの?それとも…悲しいの?」とか。
これなら、聴き手の気持ちは関係なく、話し手は自分の気持ちを振り返ることができるから、気持ちの整理もできるのでは?
うんうん。そうだね。やっぱり質問するのが良いね~。質問の言い方や雰囲気を考えることは重要だけどね~。
という結果にたどりついたのですが…。
さあ。みなさまは、どう思われますか?